2011年東北地方太平洋沖地震
2011年3月11日14時46分頃,三陸沖を震源として巨大地震が発生しました。
被災された方に,心からお見舞いを申し上げます。
その時,僕は,医学部の大学病院で患者として治療待ちをしていました。
iPhoneに「ゆれくる」のアプリでプッシュ配信。
ありえないくらいの揺れ。
アプリのおかげで,震源地がわかっていたので,比較的冷静に対応できたし,まわりの患者さんにも,関東が震源地ではないことは伝えられました。でも,それ以上のことは,なにもできませんでした。
まずかったのは,病院側の対応。
全くアナウンスがありませんでした。
しばらく経ってから,初めて入った館内放送は,「エレベータ,エスカレータが止まっていますので,階段をご利用下さい。」
ちがうだろ?!
外来の患者さん達を安心させる「何か」を伝えることはできなかったのかなぁ。
同じ大学の出身者として,とても恥ずかしく思いました。
少し落ち着いてから,歯学部の方に寄ったら,こちらは適切に対応していたようで,
災害時のマニュアルやトレーニングの結果が同じ大学内で,これだけ違うのは,かなりまずい状態だと思いましたよ。
↓
仕方がないので,余震を気にしつつも,徒歩で帰ることに。
ビルによっては,窓ガラスが割れたところがあるようで,歩道に歩行者を避けるように囲いをしてあるところも。
けっこう,ヘルメットを支給されている会社って,あるんですね。
しっかりしているなと思いますよ。
上から,何が落ちてくるかわからないので,僕もなるべく車道に近い側の歩道を歩きました。
車道は車で渋滞,歩道は人で一杯。
途中のデパートでは,店内のスペースを開放しているらしく,新聞紙などをひいて座り込んでいるヒトがたくさん。
もう,帰れないと覚悟したんですね,きっと。
ケータイからは話すことは全くできず。音声通話の通信規制がされていたようです。
電波がつかまらないので,電池の消耗はいつもよりも早くなるためか,ケータイ用の充電器は,あっという間に売り切れに。でも電池があってもつながらないまま。街中の公衆電話にヒトが並んでいるのも,久しぶりに見たような気がします。
災害時に強いのは,携帯電話…なんていつの話なんでしょう。
つながることで,元気が出てくるのに,こんなときに,信頼していたはずのインフラが弱かったことがわかって,ちょっと残念。
夜が明けて,被害の状況が明らかになりつつあります。巨大地震は,情報の伝達が遮断される分,実態がわかるのに時間がかかります。これ以上悪いニュースは聞きたくありません。
夜中までかかって家にたどり着いたヒト,慣れない場所で一夜を明かしたヒト,家族や友人と連絡が取れぬまま,いろいろと大変だったと思います。
今日は,少しでもみんなの笑顔がみられますように。
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